
「ももち」の愛称で親しまれ、バラエティ番組でも圧倒的な存在感を放っていた嗣永桃子さん。2017年の芸能界引退から月日が流れましたが、今でも「ももち」の現在を気にするファンは少なくありません。
本記事では、ももちが現在何をしているのか、噂される小学校教諭への道や、ファンを驚かせた引退理由、そして伝説的な活動歴について詳しく解説します。
ももちは現在何してる?小学校教諭になった?
2017年6月30日をもって芸能界を引退したももちさんですが、その後の動向については本人の徹底したプロ意識により、公式な情報は一切表に出ていません。
幼児教育の道へ進むと公言
引退時、ももちさんは「以前からずっと興味があった教育の分野、とりわけ『幼児教育』の道に進みたい」という明確な目標を語っていました。彼女はアイドル活動と並行して大学に通い、2014年には小学校教諭一種免許と幼稚園教諭一種免許を取得していたことを明かしています。引退発表の際にも「幼児教育について改めて勉強に専念し、いずれお仕事にできれば」と話しており、現在は一般人として教育の現場で活動している可能性が極めて高いと考えられています。
徹底したプライバシー保護
引退から現在に至るまで、本人の近況が公式に報じられたことはありません。一部で目撃情報などの噂が流れることもありますが、真偽は不明です。これは「アイドル・嗣永桃子」としての幕を完璧に閉じ、一般人としての生活を守り抜くという彼女自身の強い意思の表れとも言えるでしょう。
ももちが絶頂期に引退を決めた理由
バラエティ番組のレギュラーも多く、タレントとして脂が乗っていた時期になぜ彼女は引退を選んだのでしょうか。そこには彼女らしい「誠実さ」がありました。
人に何かを教える楽しさを実感
引退を決意した大きなきっかけの一つが、カントリー・ガールズの「プレイングマネージャー」としての経験でした。後輩メンバーと過ごす中で「人に何かを教えるって楽しい!」という思いを改めて強くしたと語っています。結成2周年を迎え、メンバーがたくましく育った姿を見届けたことで、自身の将来を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す決断を下しました。
アイドル15周年という節目
彼女は2002年6月30日にハロー!プロジェクト・キッズのオーディションに合格してから、ちょうど15年という節目の日に引退することを決めました。アイドルとしての自分を心から愛し、ファンの皆様と過ごす毎日を大切にしていたからこそ、最高に輝いている状態で次なるステップへ進むことを選んだのです。
ももちの活動歴まとめ
彼女が2002年から2017年までの15年間に残した足跡は、今なおアイドル界の伝説として語り継がれています。
三個ものグループを掛け持ち
2004年にBerryz工房のメンバーとしてメジャーデビューし、その後は派生ユニット「Buono!」のリーダーとしても活躍しました。2014年からは、カントリー・ガールズのプレイングマネージャーとして、自身のスキルを後輩へ伝承する役割を担いました。どのグループにおいても、小指を立てたパフォーマンスや徹底したアイドル像を貫き、プロフェッショナルな姿勢を見せ続けてきました。
| 時代 | 主な所属グループ・役割 | 特徴 |
| 2004 - 2015 | Berryz工房 | 正統派アイドルとしてデビュー |
| 2007 - 2017 | Buono! | ロックな楽曲で高い歌唱力を披露 |
| 2014 - 2017 | カントリー・ガールズ | プレイングマネージャーとして後輩を育成 |
語り継がれる「ももち」のバラエティ力
「許してにゃん♪」や「おとももち」といったフレーズ、独特の「ももち結び」でバラエティ界に旋風を巻き起こしました。
お茶の間を賑わせた“イラドル”キャラ
2011年に出演したバラエティ番組での体を張った絡みをきっかけに、出演依頼が急増しました。最初は周囲をイラつかせる「イラドル」として注目されましたが、次第にその徹底したキャラクター作りと、実は非常に堅実で周囲への気配りができる素顔が業界内でも高く評価されるようになりました。
プロ意識が生んだ完璧な引き際
バラエティ番組でどれほど過酷な扱いを受けてもアイドルを貫き通した彼女は、最後には「ももち結び」を解き、大人っぽい姿でステージを去りました。アイドルとしての15年間を全力で全うし、一切の未練を見せずに一般社会へと戻った彼女の生き様は、今も多くの人々に強い印象を残しています。
引退後も色褪せない「ももちイズム」の影響
ももちさんが芸能界を去った後も、彼女が残した「プロとしての教え」は多くの後輩たちの中に息づいています。
妥協を許さないパフォーマンスの質
ももちさんは、どれほどバラエティの仕事が忙しくても、歌やダンスの稽古を一切怠りませんでした。彼女が教育係を務めたカントリー・ガールズのメンバーたちは、後に「ももち先輩は、舞台裏での礼儀やファンへの感謝の示し方に対して非常に厳しかった」と語っています。その厳しさはすべて、ファンに最高の時間を提供するためのものでした。
現在も第一線で活躍するハロプロOGや現役メンバーの中には、彼女の背中を見て育った者が多く、そのストイックな姿勢は「ももちイズム」として継承されています。
徹底した自己ブランディングの先駆者
彼女は、自分が世間からどう見られているかを客観的に分析し、必要であれば「嫌われ役」も厭わない自己ブランディングを確立していました。現代のSNS時代において、タレントが個性をどう発揮すべきかというモデルケースの一つを彼女は10年以上前に完成させていたと言えます。引退後に一切の私生活を明かさないことも含め、彼女は「嗣永桃子」という物語を完璧に完結させた稀有な表現者でした。
こうした姿勢は、教育の現場においても、子供たちに「自分を信じてやり抜くこと」を教える大きな力になっているはずです。
まとめ
ももちさんは現在、芸能界を完全に引退し、公言していた通り幼児教育の分野で第2の人生を歩んでいると考えられます。小学校教諭や幼稚園教諭の免許を持ち、教育への強い情熱を持っていた彼女なら、今もどこかで子供たちの成長を支えていることでしょう。
アイドルとしての伝説を完璧な形で残し、新たな夢を追いかける姿は、まさにプロフェッショナルの鑑と言えます。











